ブレント・ハニーウェルJr.


.
Brent Honeywell (フルネーム/Brent Lee Honeywell)

Embed from Getty Images

1995-03-31生|188cm88kg|先発 右投右打

出身地/アメリカ合衆国 ジョージア州オーガスタ

ドラフト/2014年TBラウンドB(全体72位)指名

メジャーデビュー/2021-4-11
■選手紹介

かつてはトッププロスペクトだったがケガに泣かされ続けた先発右腕。2017年にフューチャーズゲームでMVPを受賞し、誰もがハニーウェルJr.の輝かしいキャリアを想像した。その後は2021年までの間に右ヒジに4度メスを入れ壮絶なリハビリを経験。彼の代名詞とも言えるスクリューボールを捨ててまでして再起を図り、ようやくメジャーのマウンドにたどり着いた。

ハニーウェルJr.は父親がコーチを務める地元ジョージア州の高校を卒業後、コミュニティカレッジで1年プレーした。高校時代に135km/h前後だったファストボールが145~150km/h出るまでに急成長し、タンパベイ・レイズにドラフト2巡目の高順位で入団した。

入団3年目の2016年、シーズン前の有望株ランキング100傑に初めて名前が載り、MLB公式では43位につけた。翌年AAAに昇格するとマイナーのオールスターであるフューチャーズゲームに選出され、アメリカ代表の先発投手として出場した。2017年のフューチャーズゲームは剛腕投手たちが揃い、史上稀にみる豪華な球宴となった。そんな中で2イニングを無失点、4人の打者から三振を奪ったハニーウェルJr.は101マイルの剛速球を連発したマイケル・コペックを退けMVPを受賞。そう遠くないうちにメジャーの表ローテーションで投げることになると、誰もがそう信じた。

翌2018年のプレシーズン、MLB公式のプロスペクトランキングで過去最高の11位にランクされた。しかし2月下旬に春季キャンプを離脱、右ヒジの尺骨側副靱帯断裂が判明し、人生で初めてトミー・ジョン手術を受けた。リハビリも終盤に差し掛かった2019年6月、今度はブルペンでの投球中に右ヒジ内側上顆(※いわゆるゴルフ肘の患部)を骨折。不運は重なり、2020年春に肘部管症候群を発症して瘢痕組織の除去手術。12月にはヒジの不快感を軽減するため関節鏡視下手術を受けた。

2021年4月10日、レイズはハニーウェルJr.をコールアップし、翌日にオープナーとして先発登板。2017年9月19日にAAAで投げて以来1298日ぶり、右ヒジへの4度の異なる手術を乗り越えてついにメジャーデビューを果たした。ただ成績そのものは振るわずメジャーでは3試合の登板に終わり、オークランド・アスレチックスに移籍してからも右ヒジのストレス反応を起こすなど予後が思わしくなかった。そしてサンディエゴ・パドレス、シカゴ・ホワイトソックスと渡り歩き、2023年オフにFAとなった。

【投球スタイル】
​ハニーウェルJr.は5つの球種を駆使する総合力の高い投手だった。なかでも絶滅危惧種と言われるスクリューボールは芸術的な変化をする、まさに"マネーピッチ"であった。ただこの魔球が右ヒジのコンディション不良を招いたと考えられて、熟慮の末に封印することを決めた。現在はカッターとチェンジアップを主体に4シーム、スライダーの4球種を使う。いずれも縦横に鋭い大きな変化量があり、また高い制球力も併せ持っている。

【その他】
右投手にしてスクリューボールを操っていたハニーウェルJr.。その起源は父方の叔父マイク・マーシャルにある。マーシャルはスクリューボールを武器に現役時代2度のオールスターと3度のセーブ王を獲得、1974年にはリリーフ投手では初めてサイ・ヤング賞に輝いたことで知られる。マイナーでプレー経験のある父ハニーウェルSr.が大学時代にマーシャルから投げ方を教わり、それを息子に伝授したのだった。

寄稿日:2023-11-12 最終更新日:2023-11-12
オールスター:なし

主な表彰:なし

タイトル:なし

▼レギュラーシーズン個人成績

年  チーム 試 勝 敗 セ 防御率 イニング 安 責 本 四 死 三振 WHIP K/BB

2021 TB  3 0 0 0  8.31  4.1  5  4  2  3 0  4 1.85 1.33